「風が強く吹いている」(三浦しをん)①

にわかに活況を帯びてきた「陸上青春小説」

「風が強く吹いている」
(三浦しをん)新潮文庫

寛政大学四年生のハイジは、
走るフォームの美しい一年生・
走と出会い、即座に入寮させる。
寮生はこれで十人になった。
リーダー格のハイジが
全員を集めて告げたのは、
この十人で箱根駅伝出場を
目指すという
途方もない目標だった…。

「こんなことあり得るわけがない」、
誰しもがそう思うはずです。
素人集団が予選会を突破して
箱根駅伝に出場するなんて、
およそ現実にはありえないでしょう。
そう思っていても、
ページをめくる手が
止まりませんでした。
全659ページ、
一気に読んでしまいました。
10年前に
本書に出会ったときのことです。

私は体を動かすのが好きでありません。
ましてやマラソンや駅伝など、
興味関心は全くありませんでした。
それでも引きつけられてしまいます。
それは再読した今回も同じでした。
本書の、この強烈な引力は何なのか?

一つは、登場する10人の選手の
性格設定と心理描写が巧みで、
そのうちの誰かと自分を重ね合わせて
しまうということでしょう。
10人全員が
陸上向きというわけではないのです。

リーダーのハイジ、
天才ランナーの走、
ヘビースモーカーのニコチャン、
ここまでは曲がりなりにも
高校陸上競技経験者です。
クイズ番組大好きのキング、
双子のジョージ、ジョータ、
この3人も
高校時代サッカー部ということですので
良しとしましょう。
地方出身者の神童は
中学時代往復10kmの山道を往復して
通学した、
これも健脚の証拠ですので勘弁します。
問題なのは黒人のムサ(陸上経験なし)、
司法試験に合格した秀才のユキ、
マンガオタクの王子(運動音痴!)、
この辺になると
「嘘でしょ!」となるのですが、
だからこそワクワクするのです。

もう一つは、競技のようすが
目に浮かぶように
具体的で緻密なことでしょう。
まるでTVで正月の箱根駅伝実況中継を
観ているような感覚に陥ります。
特に本戦を描いている
405~652ページです。
この部分だけ読み返しても、
相当興奮します。

こうしたことを可能にしているのは、
作者・三浦しをんの
徹底した取材活動であることは
いうまでもありません。
なんでも6年間近く
取材活動を行ったとか。
並大抵のことではありません。

「陸上青春小説」は、ここ十数年で
優れた小説が相次いで登場しています。
小学生ランナーを描いた
「走れ、セナ!」(香坂直)、
中学生の駅伝部に焦点を当てた
「あと少し、もう少し」(瀬尾まいこ)、
高校陸上400mリレー
「一瞬の風になれ」(佐藤多佳子)など、
面白さ抜群のものばかりです。
「陸上青春小説」は
にわかに活況を帯びてきています。

(2020.5.19)

カメラ日和さんによる写真ACからの写真

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